デス・オーバチュア
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森の中に美しい竪琴の旋律が響き渡る。 「…………」 竪琴の音色にも負けぬほどに美しい少年が、木陰に座って竪琴を奏でていた。 「リリリィィ〜♪」 少し変わった鳥の鳴き声。 美しい竪琴の音色に引き寄せられた鳥のように、木々の上から一人の女性が降り立った。 薄い朱色の美しい瞳と長髪は血や炎のような激しく濃い『赤』とは違い、上品で優美な趣や味わいのある雰囲気を醸し出している。 朱色の淡い美しさを引き立てるような、深く濃い鮮やかな赤色のシャツとロングスカートを着ていた。 「…………」 少年は、現れた朱色の女性に何の反応も見せず、竪琴を奏で続ける。 朱色の女性も何も言わずに、少年の横に寄り添うように座り込んだ。 そして、少年の竪琴の旋律に合わせて歌うように鳴く。 数分後、木々と動物達だけが観客のコンサートは終わりを告げた。 「…………」 少年は竪琴を、傍らの朱色の女にそっと渡すと立ち上がる。 朱色の女性は全て了解しているといった感じで、森の奥へ消えていく少年の背中を無言の笑顔で見送った。 風を切り裂く音。 タナトスは、クリスタルレイク近くの森の中で、大鎌を振り回して自己鍛錬をしていた。 魂殺鎌……漆黒の大鎌は、木々にぶつかることもなく、器用に、自在に振り回されている。 「滅っ!」 大鎌を上段から振り下ろした体勢でタナトスの動きが止まった。 数秒後、タナトスの眼前にそびえていた大木が、文字通り縦に真っ二つに割れていく。 「ふぅ」 二つに割れた大木が大地に倒れたると、タナトスは軽く息を吐いた。 「…………」 どうも気になるというか、スッキリしないことがある。 鍛錬を行いながら、タナトスはそのことばかり考えていた。 気になるのは、アンブレラと名乗った女性と出会った深夜の出来事である。 あの時、自分は確かに、アンブレラに体を真っ二つに『爆散』されたはずだった。 だが、タナトスの記憶はそこで途切れ、最近毎朝会っていた女性アウローラに起こされるところまでとんでいるのである。 タナトスの体は真っ二つどころか傷一つ無く……まるで、アンブレラと出会ったこと自体全てが『夢』だったかのようだった。 「……夢のはずがない……」 そう思いながらも、あの出会いが、アンブレラという存在が実在したのか、確信できずにいる。 「…………」 気になるのはそれだけではない、あの時、自分は『何か』を失ったのだ。 「……失ったはずだ……」 何を失ったのか? どうやって? そもそも本当に失ったのか……何一つ確信できないが、大事な何かを欠落した気分だけは確かに存在する。 「ぐっ……」 タナトスは頭痛を感じ、頭をおさえた。 あの夜のことを思い出そうとすると、聞き覚えが有るような無いような竪琴の音と共に、耐えがたい頭痛が襲うのである。 「……それに、私はデッドエンド・ソリュージョンとスタッカートを使えなくなって……いっ……いや、そもそもこの技は……ぐぅっ……」 タナトスは激痛に負け、思考を一時中断させた。 「やはり、一個人の存在だけを記憶から完全消去するのは無理があるか……矛盾がどうしても修正しきれぬ……」 見知らぬ男の声。 「だが、あまり記憶の改竄はしたくない以上、少々のバグは見逃さざるえんか……」 その人物は純白の外衣(マント)のような法衣(ローブ)を纏っていた。 法衣の下には、黒く輝く宝石のような全身鎧(甲冑)を着込んでおり、肌は一切露出させていない。 フルフェイスの仮面付きの兜を深々と被っており、本当に一切の露出が無く、素顔も解らなかった。 「……誰だ、貴様……?」 タナトスは全身鎧に不審の眼差しを向ける。 「……ふん、そうだな、夜鳥(ナイトバード)とでも名乗っておこうか」 ナイトバードと名乗った全身鎧は、腰から鎧と同じ黒い宝石でできたかのようなバスタードソードを引き抜いた。 バスタードソード、長さは140p程、ロング・ソード(長剣)よりは長く、ツーハンデッド・ソード(両手剣)よりは短い剣身を持っち、またその刃の形状は、切ることにも、突くことにも適するように工夫された刀剣である。 良く言えば万能、悪く言えばどっちつかずの剣だった。 どっちつかず、あいのこ……バスタード(私生児・偽物・疑似・不純)のソード。 「はっ!」 「つっ!?」 ナイトバードが両手で握り直したバスタードソードを振り下ろすのと、タナトスがその場を跳び離れたのはまったくの同時だった。 直後、ナイトバードの位置から、タナトスが居た場所までに存在する木々が一瞬にして全て消し飛ぶ。 「いきなりか、理……」 「問答無用!」 タナトスが問いの言葉を口にするよりも速く、ナイトバードの姿は彼女の目前に移動していた。 魂殺鎌とバスタードソードが激突し、森に轟音を響かせる。 「まともに打ち合う……いや、打ち合えるのか……?」 神柱石でできた神剣である魂殺鎌と正面からぶつかり合えば、鋼や鉄等でできた『普通』の剣なら叩き折れるか、砕け散るはずだった。 「フッ……」 ナイトバードは剣を引き戻すなり、今度はタナトスの胴体を斬り捨てようと再び剣を叩き込んでくる。 タナトスは大鎌を回転させるようにして、その一撃を払った。 「はああぁっ!」 「くっ!」 大鎌と剣が何度もぶつかり合い、爆音のような轟音を響かせ続ける。 ナイトバードのバスタードソードは何度魂殺鎌と刃を交錯させても、亀裂一つ走る気配もなかった。 「ちっ!」 タナトスは弾けるように、宙へと飛び離れる。 「乱っ!」 タナトスが空中で大鎌を振り回すと、無数の灰色の風の刃……死気の刃が解き放たれた。 「ふん!」 「なっ!?」 ナイトバードが剣を横に一閃するだけで、全ての死気の刃が掻き消されてしまう。 「……死走(しばし)り!」 タナトスは着地と同時に大鎌を大地に突き刺した。 烈風の如き死気の風がナイトバードを目指して大地を駆け抜ける。 「…………」 ナイトバードは剣を大地に突き立てると、不動の構えで死気の烈風を正面から受け止めた。 「なっ……」 死気の烈風の直撃を受けながら、ナイトバードの剣にも鎧にもヒビ一つのダメージもない。 「ふん、脆弱すぎて避ける気にもならん」 誇るわけでも、馬鹿にするわけでもなく、淡々とした声でナイトバードは言った。 「……くっ……ならば……!」 タナトスが大鎌を大地から引き抜いた瞬間、世界が一変する。 空気が、大気が、空間が、その『色』を変えた。 どこまでも冷たく、鋭く、そして禍々しく……。 「……無限の呼吸……永遠不変の循環……死気解放……ああああああああああああああああああああああああああっ!」 言葉にならないタナトスの叫びと共に、彼女を中心に灰色の風が溢れ出す。 灰色の風……死気の刃がタナトスの周囲を渦巻いた。 「……そうだな、それしかあるまい……それが今の……お前に放てる最大の技だからな……だが……」 ナイトバードは、大地に突き立てた剣の柄頭に両手を重ね置いたまま微動だにしない。 タナトスは、先制の攻撃も、反撃や防御の準備もしようとしないナイトバードに不審と不安……恐怖を覚えながらも、ひたすら死気の気流の激しさを高め続けた。 「デスストーム(死嵐)!」 タナトスを取り巻いていた死の気流が瞬時に嵐と化し、ナイトバードへと解き放たれる。 「…………」 「……バースト(爆砕)!」 死気の嵐は、微動だにしないナイトバードの姿を呑み込むと、タナトスの掛け声と共に大爆発した。 「……なるほど……」 死気の嵐が完全に消え去ると、同じ場所、同じ構えのまま、微動だにしていないナイトバードが姿を見せた。 「……馬鹿な……」 「この程度か……いや、『外装』を壊しただけでも誉めてやるべきか……?」 「えっ?」 ナイトバードの鎧に亀裂が走り、物凄い勢いで全身へと広がっていく。 やがて、ナイトバードの全身鎧は粉々に砕け散った。 あくまで、『薄皮』一枚がだが……。 黒い宝石のようだった鎧が砕け散り、まったく同じデザインの漆黒の全身鎧が姿を見せていた。 「……なっ……二重の鎧……?」 「漆石(うるしいし)……今風に言うなら黒曜石か……流石にこれくらいは砕く力があるか……」 「黒曜石?……あたりまえだ! 神柱石でできた魂殺鎌に砕けぬものなど……あんまりない……」 「あんまりないか……フッフッフッ……」 ナイトバードは、タナトスのセリフの後半の自信なさげな部分が可笑しかったのか、楽しげに喉を鳴らす。 「では、我が剣と真の鎧を砕いて見せてもらおうか」 ナイトバードは剣を右手だけで持つと正眼に構えた。 「……滅っ!」 タナトスは一瞬で間合いを零にすると、大鎌を振り下ろす。 ナイトバードは剣ではなく、左手の甲を無造作に大鎌へとぶつけた。 「馬鹿なっ!?」 大鎌の刃は手甲に傷一つ付けられず、へこますこともできず、あっさりと完璧に受け止められている。 「さっきから驚いてばかりだな、お前は……そら、反撃するぞ」 「くっ!」 ナイトバードの右手の剣がタナトスの腹部に叩き込まれようとするが、タナトスはその剣の背を自ら蹴飛ばし、後方へと飛び離れた。 「なぜだ……なぜ、斬れない……!?」 「フッ、さっき他ならぬお前が言ったではないか……魂殺鎌にも砕けぬものが僅かにあると……」 「馬鹿な、神剣で砕けないのは……」 タナトスの脳裏に、異界竜の牙などの神柱石に匹敵凌駕する僅かな例外的存在が思い浮かんでいく。 「誤解するな、正確には砕けないわけでも、魂殺鎌より上の金属なわけでもない。まったく同等な物質なだけだ」 「同等!? では、その鎧と剣は……」 「そうだ、お前の神剣『魂殺鎌』と同じ材料……神柱石でできている」 ナイトバードは別段大したことではないように告げる。 「なっ……十神剣以外に神柱石でできた武具が存在するなんて……そんなことが……」 「どうした? 相手が同等の武器を持っているだけで、もう戦意喪失したか?」 ナイトバードの声には、からかうような響きがあった。 「っつ! 馬鹿にするなっ!」 タナトスは瞬時に無数の死気の刃を撃ちだし、自らも死気の刃を追うようにして、ナイトバードに斬りかかる。 だが、死気の刃が届くよりも速く、ナイトバードの姿が消えた。 「うっ!?」 「遅い!」 背後からの声と共に、タナトスの背中に凄まじい衝撃が走った。 タナトスは前方に吹き飛び、大木に顔面から叩きつけられた。 「予想以上に弱くなっているようだな……アレが欠落したせいで精神面まで不安定になったか?」 「くぅっ……」 タナトスはナイトバードに向き直り、大鎌を構え直す。 「不思議か? 魔王にすら負けなかった自分が、私にまるで敵わぬのが?」 「まだ終わっていない!」 タナトスは間合いを詰めると、大鎌を斬りつけた。 しかし、ナイトバードはまるで最初から大鎌の軌道が読めていたかのように、あっさりとかわしてしまう。 「つっ! はっ!」 「フッ……」 タナトスは何度も大鎌を斬りつけるが、ナイトバードは全て余裕ありげな動きで完璧に回避してしまった。 「くぅっ……」 「エナジー……力の質と量だけが強さではないのだよ!」 ナイトバードの姿が消えたかと思うと、タナトスは後頭部に衝撃を受け、大地に叩きつけられる。 「……ぐっ……動きがまるで見えない……」 タナトスは後頭部を片手でさすりながら、立ち上がった。 今までも、自分より速い者と戦ったことは何度かあったが、ここまで相手の動きにまったく反応できなかったことは初めてな気がする。 それに、先読みというか、勘で相手の動きを避けるといった能力が、このナイトバード相手にはまったく働かないのだ。 「そろそろ終わりにするか……死にたくなければ、魂殺鎌に力を集中させて動かぬことだ……」 「何……?」 「はああああああああああああああ……」 ナイトバードは剣を大上段に振りかぶる。 ナイトバードの全身から立ち上った黄色とも緑色ともつかない不可思議な光輝が、剣に集束され刀身を包み伸ばすようにして新たな光輝の刃を形成した。 140p程のバスタードソードが、200pをゆうに超す巨大なグレートソードと化している。 「闘気の刃!?……ホワイトの勇者のような……」 天を貫くようなセイルロットの聖光の刃に比べれば、ナイトバードの刃は大きめなグレートソード程度の長さしかなかった。 だが、ナイトバードの刃は決してセイルロットの刃に劣っているわけではない。 セイルロットの必殺の一撃と互角、あるいは凌駕する闘気が、グレートソード並の刃に超圧縮されているのが、タナトスには感じ取れた。 「無駄にでかければいいというものではない……」 光刃の輝き、闘気の密集率がさらに高まっていく。 「自らの未熟を知れ……斬!」 ナイトバードは一歩でタナトスの眼前に移動すると、光刃を迷わず振り下ろした。 「ルルルゥゥ〜♪」 朱色の女性は、森の中から姿を見せた漆黒の全身鎧を出迎えた。 全身鎧は、朱色の女性の前で立ち止まると、フルフェイスの兜を脱ぐ。 ダークブロンド(暗い金髪)に紫暗の瞳の美貌が露わになった。 歳は十八歳ぐらいだろうか。 「……後は任せた……」 青年は、朱色の女性が持っていた竪琴を受け取ると、左手に兜を右手に竪琴を抱えて、その横を通り過ぎていった。 「任された〜♪ でも、あんまり任せ放しだとアウローラが取っちゃうかも〜?」 そう言いながら、朱色の女性アウローラが後ろを振り向くと、全身鎧の青年の姿はすでに無い。 代わりに純白の法衣を纏った少年の背中が遠ざかっていくところだった。 「ヒュノプスいいの〜? あなたの大切な……て、もう居ない〜♪」 アウローラが言葉を言いきるよりも速く、ダークブロンドの美少年ヒュノプスは姿を消し去っている。 「アウローラ〜、タナトス慰める〜♪」 アウローラは、漆黒の全身鎧が出てきた森の中へスキップで飛び込んでいった。 「…………」 タナトスは茫然自失といった感じで一人立ち尽くしていた。 彼女の瞳は、半ば程で刃の折れている大鎌……魂殺鎌だけを見つめている。 折られた大鎌の刃は大地に深々と突き刺さっていた。 ナイトバードの一撃を魂殺鎌で受け止め……いや、彼がわざと大鎌の刃を狙ったのだろう。 魂殺鎌の刃は信じられない程あっさりと、簡単に叩き折られたのだ。 同じ材質の武器である以上、正面からぶつかり合えば、使い手の実力や剣に込めた闘気や魔力の質量が優劣をつけることになる。 そして、これ以上ない完璧な優劣が付けられてしまった。 「…………」 何も考えられない。 魂殺鎌が折られたという変えようのない事実を、タナトスはまだ認めることが、受け入れることができずにいた。 タナトスはそのまま、アウローラが訪れるまでの間、何もできずに、何もする気さえ沸かず、ただ呆然と一人立ち続けていた……。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |